皆さんは有名なアメリカでの社員教育の話題をご存知でしょうか?
靴会社での「市場調査の見方」についてです。
アフリカか何処の村で、住民全員が裸足である写真を見ての判断。
どちらが優秀なセールスマンになれる可能性を持っているかは自明です。
誰も靴を履いてない=そこに市場が無いと判断することも確かに出来ますが、誰も靴を履いていない=全ての人が顧客になりえるという判断も勿論出来ます。
そして、全ての人が顧客に”なりえる”という事は、全ての人を顧客に”するため”にはどうすれば良いのかという事も考えなくてはなりません。
市場を見つけ、市場を創造する。
ここまで出来れば本物の”優秀なセールスマン”でしょう。
近々変更になりそうなアクアライン料金についても前述の例と同じく、見方次第で判断が変わってくると思います。
アクアライン料金がいよいよ1000円程に下がりそうです。
asahi.com:アクアライン通行料「3千円を千円に」 自民が検討 - 政治
ぜひ後者のスタンスで、魅力ある売れる商品企画を進めたいものです。
前回の「すだて(簣立て)とは」という記事でも書きましたが、今回はすだて(簣立て)のときの様子をご紹介したいと思います。
すだて(簣立て)遊びとも言いますが、このような感じですだてに残った魚を網などで捕まえていきます。
そして、その後は…
食べます!
採りたての魚なので、とてもおいしいですよ。
今、盤洲の特徴で行うことができる金田海岸でのすだて(簣立て)ですが、埋め立てなどが大規模に行われてしまったら出来なくなってしまうでしょう。
皆さんはすだて(簣立て)というものをご存知でしょうか?
すだて(簣立て)とは遠浅の干潟に網を仕掛けて、潮の干満を利用して魚を捕らえる漁法のことです。この木更津近辺では金田地区や富津地区で行われています。
千葉県ホームページ:すだて、観光地曳、ダイビング
県外で調べた限りでは、宮城県や福島県でもすだて(簣立て)が行われてるようですが、木更津・金田・富津の東京湾岸(内房)ほどは、観光資源として扱われてないようです。
すだて(簀立て)の由来・始まりについてはハッキリとは分からなかったのですが、ネット上では下記のようなことが書かれていました。
汐が引いた海岸で大勢の人達が歓声をあげながら、魚を追っている。
子どもも大人も手に手に網を持って、「簀立」に取り残された魚をすくいあげている。
もちろん、取った魚はその場(船上)で調理し、新鮮な江戸前の魚を堪能できる。
こんな「簀立遊び」が姉崎の海で行われていました。
しかも、この「簀立」を湾内で最初に始めたのが姉崎の海であり、最も盛んであったのも姉崎の海であったという。今でも木更津・金田海岸で昔ながらの手法で続けられています。
この「簀立」について紹介をします。「簀立」は、遠浅の海岸の沖に網を張り、夜間網に入った魚を捕まえる定置網漁の一つです。
魚の通り道に左図のような定置網を設置してき、魚を網に沿って「みと」と呼ばれる網の終端に迷い込ませる仕掛けとなっている。大正2年に旅館業を営んでいた稲毛氏が、印旛沼で行われていた『グレ漁』を姉崎の海に移したものが最初とされている。
印旛沼では孟宗竹を割ったものを縄であんだものを海底から建てる手法がとられていたが、これを丸い女竹に替えるなどの改良を加えた。簀立(すだて) より
すだて(簀立て)の「簀」は「すのこ(簀の子)」「すだれ(簀垂れ、簾)」の「す」と同じもとの考えると、割竹や葦を糸で編んだものを表す語で良いかと思います。そうすると、確かに上述の、
……印旛沼で行われていた『グレ漁』を姉崎の海に移したものが最初とされている。
印旛沼では孟宗竹を割ったものを縄であんだものを海底から建てる手法がとられていたが……
という記載があるグレ漁が由来と考えても良いかもしれないですね。
(もし本来の由来をご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントやメールで教えていただけますでしょうか)
ちなみに、上記記載で
しかも、この「簀立」を湾内で最初に始めたのが姉崎の海であり、最も盛んであったのも姉崎の海であったという。
となっていますが、現在は姉崎の海では行われていません。
というより、行うことが出来ません。
現在の姉崎はこのようになっています。
大きな地図で見る
地元の方は「姉崎沖は埋め立てられた」という事をご存知の方が多いかと思いますが、国土地理院の「国土変遷アーカイブ」というもので埋め立て前の昭和23年と埋め立て後の昭和45年の航空写真を見ることが出来ますので、ご存知の方も、ご存知でない方もご覧になってみてください。
●埋め立て前 昭和23(1948)年
●埋め立て後 昭和45(1970)年
※それぞれ、画面を開いた後に左側にある200dpiという文字をクリックすると、もう少しきめ細かい画像が見られます。
ほぼ同位置の航空写真ですが、22年の間にこれだけの海が埋め立てられて現在の臨海工業地帯が出来上がりました。埋め立てられたことで新しい産業が生まれもしましたが、それと同時に失った文化もあるということです。
現在、木更津近辺の金田海岸・富津海岸では「すだて(簣立て)遊び)」として海のレジャー+取れたての海産物をおいしく頂ける場として楽しめます。
色々な方のblogでも、すだて(簣立て)をされたときのレポートが掲載されていますので、ぜひご覧になってみてください。
私もすだて(簣立て)遊びに行ったことがありますので、次回はその出かけたときの写真を掲載したいと思います。
2008年9月1日より、アクアライン高速バスの木更津駅-新宿駅間が新設されたそうです。
高速バス:JR木更津駅-JR新宿駅路線を新設 東京湾アクアライン経由 /千葉
◇JR長浦駅とJR品川駅路線も
小湊バス(本社・市原市)と小田急シティバス(同・東京世田谷区)は、JR木更津駅-JR新宿駅を結ぶ高速バス路線を新設、1日から運行を始めた。
ルートは木更津駅西口から袖ケ浦バスターミナル、東京湾アクアラインを経由して、新宿駅西口に直行する。所要時間は1時間20分から1時間25分。平日は14往復、土・日曜、祝日は12往復する。
平日の木更津駅の始発は午前6時35分発で、新宿駅着同8時。新宿駅発の最終便は午後10時40分発で、木更津駅着午前0時。料金は木更津駅-新宿駅が大人1500円(小学生以下は750円)、袖ケ浦駅-新宿駅が1400円(同700円)。
また、同日からJR長浦駅とJR品川駅を結ぶ路線も新設された。小湊バスと日東交通(本社・木更津市)、京浜急行バス(同・東京都港区)の3社が運行する。
ルートは長浦駅北口から袖ケ浦駅、袖ケ浦バスターミナルを経て、東京湾アクアライン経由で品川駅東口に向かう。所要時間は1時間4分で、平日は上り8便、下り7便を運行。土、日曜祝日は7往復する。
長浦駅の始発は午前6時35分発、品川駅着同7時35分。品川駅発の最終便は午後9時発で、長浦駅着同10時3分。料金は長浦駅-品川駅が大人1300円(小学生以下は650円)。
新設された高速バスでは、木更津駅西口から新宿駅西口まで1時間20分~25分との事ですが、内房線-総武線快速-総武線各駅-中央線快速の電車ルートと比べて約20分ぐらい早く感じなりますね。また金額についても高速バスは1500円で、電車では1450円と、ほぼ同じ価格です。
参考:google mapで見る、木更津駅から新宿駅までの乗り換えルート
今まで木更津駅から新宿駅に向かうには
という乗換えが必要でしたが、高速バスが新設されることで行き来がかなり楽になりそうですね。通勤で新宿まで通われてる方には、新しい通勤手段に考えてみても良いかも。
JR東日本の新幹線に乗る楽しみの一つに、「トランヴェール」という素敵な車内誌があります。
誌面には「トランヴェール…フランス語で“緑の列車”という意味です」との解説がついています。
毎月、東日本の旅に関する興味ある記事が特集されているのですが、限られた車内の時間では到底読み切る事はできないので「ご自由にお持ち帰りください」とあるのは更に親切で嬉しい限りです。
第36号・2007年3月号では、「春風に誘われて、房総半島の山ふところへ:久留里線(木更津駅~久留里駅)」の特集ではこの地域を散策する楽しさが掲載されています。
昨年2007年11月に東北地方を旅した時、新幹線で楽しみにしていた「トランヴェール」を手にしました。その目に飛び込んできたのが「夕映えの渚にて」と題して、英国文学で有名な‘林望‘氏の文になる巻頭エッセイと写真でした。
林望氏とは都立戸山高等学校の一年先輩にあたり、彼が1992年に書き下ろした戸山高校の時代を題材とした「帰らぬ日遠い昔」を読む機会からも勝手に親近感をもっています。
その一文に「木更津近くのの浜」という文言と共に海へ向かう電柱群の写真がありました。
その後、ずーっと、気に掛けていた。あの「木更津近くの浜」とは何処かしら?
夕陽に向かって、それも何で、電柱が水中に立っているのか、あの電線は何処に電気を送っているのか?浜と言っているものの、本当は海でなく、浜辺の水田が大雨に浸された時の風景ではないか?とか。
先日、江川の運動公園にテニスに行く前ちょっと時間があったので、爽やかな浜風に吹かれようと、何気なく江川の漁港に車を向けてみました。
なんと次の風景が飛び込んできました。
あーっ此処だ。
ずーっと気に掛かっていたあの夕陽の浜は此処だと確信しました。江川漁港から君津市の新日鉄が木更津港を隔てて対岸に見えるではありませんか。
この電柱は、沖にある監視塔に電力を供給するためのものらしいです。
役割を果たすべく一列に並んだ電柱は、海としっかり馴染んで独特の風景を形成していました。
google mapの航空写真で見るとこのような感じです。
実際の場所はここになります。
以前の記事でもふれましたが、電線の地中化による美しい街づくりを目指したいとの思いは強まるのですが、これとはとはまったく別次元で、電線の水中架設という奇妙な風景が木更津の浜にあるのは、まさに日本珍百景に登録される価値?もありそうです。
参考ですが、ここは、干潮になると次のような感じです。
海没してる写真はよくネットでも見ますが、干潮の状態は珍しいかと。
ここ数日、各地で雷を伴った集中豪雨が発生していますが、木更津でもゲリラ豪雨と呼べるものが昨日降りました。
降っている最中はさすがに外に出て撮影することはできませんでしたが、15分ほどで小雨程度になったので外に出てあちこち見てみたのですが、やはり所々冠水している箇所がありました。
上の画像のところでも10~15cmぐらい冠水していたでしょうか? 10分後には排水されていましたが、ゲリラ豪雨のすごさを目の当たりにしました。
愛知県岡崎市では8/29 AM2:00からの1時間で146ミリの豪雨を記録して、愛知県での記録を更新したそうです。また、愛知県岡崎市の「岡崎中央総合公園」では同時刻に152.5ミリを観測しているそうです。
参考:岡崎市中部の雨量 (過去のデータ表示で雨量が見られます)
日本での1時間降水量の記録は千葉県香取市の153ミリだったので、ほぼ日本一と言っていい量の雨が岡崎中央総合公園では降ったことになります。
下の動画は愛知県稲沢市の様子との事です(YouTubeより)
さて、前回の「そろそろ第61回木更津港まつり」の記事で書きました木更津港まつりですが、無事開催されました。私も木更津港まつりの様子を見て撮影も出来たので、写真を含めつつ紹介したいと思います。
8月14日はやっさいもっさい。
富士見通りを舞台に夕方から行われました。今年の連は昨年より11連少ない63連・出場者数は3600名余で、天候にも恵まれ盛大に展開されました。
こちらは木更津駅方面。
見学の人も歩道に溢れんばかりに集まっていました。
当日は北京オリンピックの放送と重なり、例年より少ない人手になったようです。
ですが、その分整然とした踊りを楽しめる事ができましたね。
翌日の8月15日は花火大会。
今年は雨も降らず予定通りの開催となりました。風がちょっと強い時もあったので、開催前はちょっとだけ心配しましたが。
初めは心配していた風ですが、風が吹いているおかげで花火の煙も流れてくれたので、綺麗に見ることが出来ました。風がある程度吹いていないと煙が残ってしまい、綺麗に見えないこともありますから、今年は状況としてはよかったのかもしれませんね。
8300発余・36発の尺球が夜空を照らしました。
今回の花火を楽しみに来た方は、前年より2万人少ない25万人(主催者発表)との事。これもやはり北京オリンピックの関係でしょうか?
例年の、橋に懸かるナイヤガラ瀧が無かったのは寂しいとの声がありました。

ですが、やはりこの季節恒例のイベント。
とても楽しむことが出来ました。
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